Mistir Library

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村上春樹『アフターダーク』ーー小説とカメラの存在、そして執拗に続く「追跡」を読む

こんにちは、Mistirです。
読書録その9

村上春樹アフターダーク』 

皆さんご存知、村上春樹です。
……が。

このアフターダークという小説、春樹の小説としては「異端」と言ってもいいかもしれない。

というのもこの小説。
まず、「主人公」が不明瞭です。春樹の小説は「僕」を中心とする一人称の小説であることが多いのですが、この小説に関しては三人称であるだけでなく、誰が主人公と言えるかさえ不明瞭だ。
候補は三人ほどいますが、どの登場人物も「主人公」と呼ぶには違和感がある。

そしてもう一つ、春樹ってあまり「文体実験」はしないっていうイメージがあるんですが……
この小説は思いっきり「文体実験」してますね。例えば、のっけからこの始まり方です。

 目にしているのは都市の姿だ。

 空を高く飛ぶ夜の鳥の目を通して、私たちはその光景を上空からとらえている。

「私たち」って誰だ?……と、春樹はこういった「不明瞭な語り手」みたいな実験はあまりしないイメージあったんですが……そうでもないみたいです。

この小説の特徴をざっくり言うなら……

難解。
さらに言えば、ぶっちゃけ退屈。

何故退屈なのかというと、ストーリーがほとんど無いからです。
アフターダーク……タイトル通り、「夜明け」に至るまでの様々な出来事が描かれているわけですが、春樹の代表的小説、『海辺のカフカ』や『羊をめぐる冒険』のような「エンターテイメント感」はあまりありません。

でも、結構「良い」小説だと思うんですよね。

まず、「カメラ」に関するお話。
この小説は、執拗なまでに「カメラ」を通した世界をイメージさせてくる。
「私たちはカメラの視点として〜」みたいな語り方が非常に多いんだよね。

三人称の小説に付きまとう問題なんだけど、僕らは「語り手」が「語る」世界を信じるしかないんだよね。
一人称の小説の場合「僕」が観る世界を間接的に「観る」ことになるわけだ。

だけど、三人称の小説の場合「誰が」観る世界を観ているのかな?
というと、もちろん「筆者」で済ませてもいいかもしれないけど……私たちって春樹と読者のこと?それだけ?

それで済ませるのって、違和感無いですか?

で、この「語り手」の問題って文学の代表的なテーマの一つでもあるんだけど、滅茶苦茶ややこしい。難しいので一般論として語るのはやめておこう。

で、この小説の場合「語り手」はまるでテレビ番組のナレーターのように、僕らの思考によりそって世界を「解説」してくれる。まるで昔のラジオ番組のようだ。

そのナレーションを聞きながら、僕らの「目」がカメラになって……都市を上から眺め、そこから個人の出来事を眺めるように動いていくカメラになって、小説の世界を「追いかける」のだ。
まるで新米カメラマンのように。

そのカメラが写す世界は、「大きな都市の営み」

主要な登場人物の一人である高橋が、法律を「異様な生き物」「巨大なタコのようなもの」と語るシーンがある。
「自分と犯罪者を隔てる壁は実はとても薄く、実は『あっち側』だと思っていた世界は既に『こっち側』に侵食しているのかもしれない」とも高橋は語っている。

村上春樹という人物は「こっち側」と「あっち側」という考え方に妙なほどこだわる作家だ。何故こだわるのか?と言えば、もちろん阪神大震災があったりサリン事件があったりと、色々そういう風に語ることはできるわけだけど……

そういったものを保留しておいたとしても、とりあえず言えることは。

「僕らがカメラとして見ているこの小説の『都市の姿』は、果たしてこっち側?それとも……」

単純化した、ひとつの読み方に過ぎない読み方だけどね。
もちろん、いくらでも解釈できるような描き方をしている。で、どれが不正解でどれが正解ってこともない(良し悪しはあるだろうけど)。

僕がこの小説で面白いと思うのは、この「カメラ」という存在が一点。

もう一つは「追跡」、あるいは「追いかけっこ」というテーマ。

断言すると、僕らは「逃げている」。何から?法律という巨大な生き物から。そして、「自分自身の影」から。

後半で、ある登場人物がこう述べる。

「ときどきね、自分の影と競争しているような気がすることがある」
(…)「どれだけ速く走って逃げても、逃げ切れるわけがないねん。自分の影を振り切ることはできんもんな」

この小説に出てくる登場人物は、みんな「何かに追われ」ている。
具体的な脅威であり、あるいは抽象的な恐怖であり……

さて、ナレーションを元にカメラとしてこの世界をある種「構築」する僕らは……何に、追われているのかな?

 

……。
まったくもう。妙に難解な読書録になっちゃったじゃないか!
Mistirの馬鹿!

春樹の小説って「解釈」されるためにあるようなものばかりでさ。

具体的な「謎」をリストアップする読み方もあれば、僕のように「キーワード」を元にその関連から本を読み解くという方法もある。

なんやかんやで、村上春樹という作家は「面白い」のだ。
……わりと退屈な本であることも事実だけどね。
少なくとも、『海辺のカフカ』と比べると。

でも、この世の中には「退屈だけど面白い」ものもあるんだぜ。
そして大抵、そういった作品を世間は「文学」と呼ぶ。……もちろん例外もあるんだけどね。

だから、「面白い、エキサイティングな小説」を期待するなら、読まない方がいい。
でも、非常に興味深い本ですよ。

もし色々解釈とかありましたら、良ければ僕に聞かせてくださいね。
Twitterとかこちらのコメントとか、どこでもいいので。

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